オペアンプ駆動 A級10Wパワーアンプ


六田式パワーアンプの概要

トランジスタでパワーアンプを作ろうと思い立ったのですが、かねてより試してみたいと思う方式がありました。
六田氏パワーアンプ原回路(概要)
MJ誌の第6回自作アンプコンテスト参加作品のひとつ、六田嘉明氏の手によるもの。同誌1994年4月号に詳細が掲載されています。
基本はSEPPなのですが、上下のパワートランジスタに対してオペアンプを1個ずつ配置し、そのオペアンプだけでバイアス生成・電圧増幅・パワーTr駆動を全てこなします。
オペアンプのオフセットトリム機構を使い意図的にDCオフセットを加えることによって、終段のバイアスを生成しているのが特徴的。
非常にシンプルでユニークな解決です。

この回路の特徴をざっと挙げると、

A級動作に限定される

半固定抵抗によってアイドリング電流は任意の値にできますが、A級動作になるよう設定しないと歪が増大します。パワートランジスタがカットオフすると負帰還ループが切られてしまい、オペアンプがむやみにフルスイングするためです。

出力は10W程度に仕上がる

オペアンプの出力電圧、出力電流とトランジスタのhFEで決まり、だいたい電源電圧は15V程度、駆動できる電流は2A程度と考えると、10Wくらいが実用的です。

LF357の特性に依存する

LF357を採用している理由として、重負荷によく耐えるという点も重要ですが、それ以上に
「トリム機構で意図的にオフセットをゼロからずらしてもドリフトが悪化しない」
というLF356/357ならではの特性も見逃せません。
大抵のオフセットトリムつきオペアンプは自分自身のオフセットをゼロにするためのもので、意図的にゼロからずらしたり、入出力に付加された回路の補正に使ってはならないとされています。

動作はごく安定

オペアンプが終段エミッタ抵抗の両端電圧を監視してバイアス電流を制御しているので、トランジスタアンプによくある熱暴走の心配はまったくありません。また、位相特性も思った以上に素直なようで、作りやすいと思います。

といったところでしょうか。

外部バイアス発生回路

オペアンプが1回路タイプ、しかもLF356/357に限られてくるのがちょっと惜しいところで、もしここに2回路入りオペアンプが使えたらもっと気軽に試せそうな気がします。そこで、オペアンプの外でオフセットを発生させるように工夫してみました。
外部バイアスつき

ダイオード両端の0.6Vを27kΩと510Ωで分圧して、オフセット電圧を得ます。
そのオフセット電圧を10kΩ/510Ω倍したものと終段エミッタ抵抗の両端電圧が等しくなるよう制御されることにより、バイアス電流が一定に保たれるわけです。
これで入手性のよい2回路入りオペアンプICが使えて、しかも無調整になります。

使えるオペアンプには少し制約があります。
入力バイアス電流がごく小さいこと。そのためFET入力タイプに限られてきます。
入力バイアス電流は正負入力にぶら下がっている抵抗の両端に電位を発生させ、その差が増幅されて出力オフセット電圧になってしまうためです。
バイポーラタイプでもLME49720くらい入力バイアスが小さいと使えなくもないのですが、やっぱり出力オフセット電圧が大きくなり、うまくありません。

そしてパワートランジスタですが、コレクタ電流を2A流した時のhFEが100以上あって、常時15V2Aを全て熱に変えても平気なトランジスタなら何でも使えます。2個の特性が揃っていなくても動作はしますので、ペア取りに神経を使う必要もありません。
例えば秋月で売られている品種なら2SA1943/2SC5200、2SA1941-O/2SC5198-Oあたりが好適でしょう。2SB1647/2SD2560のようなオーディオ用ダーリントンTrもよさそうです。


実際の製作

今回の製作にあたって、トランジスタは2N3055にしたいと思っていました。
どこにでもある代表的なパワートランジスタですからね。
最近になってマルツでMJ2955が買えるようになったのも嬉しいところです。
カタログスペック上ではhFEが足りない気がしますので、2SA1015/2SC1815を使ってダーリントンにします。
2N3055-MJ2955 schematic
回路図を拡大

だんだんシンプルでなくなった気がしますが、まぁいいでしょう。

アンプ基板部品配置図(部品面より、png)
感光基板 フィルム(部品面より透視、720dpi、png)


(写真ではパワートランジスタのベースに直列抵抗が入っていませんが、必ず10Ωを入れてください。入れずに作ったらMHzオーダーの領域で挙動不審になりました)

アイドリング電流

最大出力でもコレクタ電流がゼロにならない、もしくは最大出力近傍でちょこっと切れる程度に設定します。
アイドリング電流Iqは、だいたい
Iq(A)=R11/(R11+R12)×Vf×(R2/R11)/R4となります(Vfはダイオードの順方向電圧)。
±15V電源で6〜8Ωのスピーカーをつなぐなら、1A〜1.2Aくらいが適切な線でしょう。上記回路図もそのつもりで設計しています。対 策もせず過度に浅くするとクロスオーバー歪が増大するだけでなく、トランジスタのエミッタ・ベース間耐圧(VEBO)を超過して破壊してしまうおそれがあ ります。

安定性確保

出力に容量性負荷をぶら下げられたときのために、アイソレータを挿入します。
直径1cmの筒状のものに0.8mmUEW線を10回ほど密に巻いて接着剤や高周波ワニスで固めるとちょうどいいコイルができます。
とりあえずZobelネットワークも入れていますが、こちらはなくてもよいかもしれません。

位相補償としてオペアンプに22pFのコンデンサが接続されています。
実際に作ってみた感想として、もう少し小さくても差し支えない気がします。
一般的なオペアンプではこの場所が効果的ですが、高速オペアンプで特殊な内部補償をかけている品種の場合は現在の場所でなく帰還抵抗と並列に付加した方がよい場合もありそうです。

部品表(アンプ基板)

番号 品名 記事
C1 0.047uF フィルム
C3 0.1uF フィルム
C4 100uF 一般アルミ電解 音響用推奨
C5 0.1uF 積層メタライズドフィルム MMT,MTF,ECQV等
C6 0.1uF 積層メタライズドフィルム MMT,MTF,ECQV等
C7 100uF 一般アルミ電解 音響用推奨
C8 3.3uF 音響用推奨 無極性電解またはMMT,MTF等
C9 3.3uF 同上、ただし実装しなくても動作する
C10 470uF 一般アルミ電解 音響用推奨
C11 470uF 一般アルミ電解 音響用推奨
C12 22pF 低誘電率系セラミック
C13 22pF 低誘電率系セラミック
C14 0.1uF フィルム
D1 1S1588 小信号スイッチング用、1N4148等
D2 1S1588 小信号スイッチング用、1N4148等
IC1 OPA2134PA JFET入力2回路 OPA2604,AD823,LT1169等
L1 1uH 手巻き空心
Q1 2SC1815-Y
Q2 2SA1015-Y
Q3 2N3055 適切なコンプリメンタリTrで代替可
Q4 MJ2955 適切なコンプリメンタリTrで代替可
R2 10kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R3 100Ω 音響用推奨 1/4〜1/8W
R4 0.22Ω(3W) 高精度品推奨(5%、またはそれ以下)
R5 10Ω(3W) 酸金、巻線等
R6 10Ω(3W) 酸金、巻線等
R7 0.22Ω(3W) 高精度品推奨(5%、またはそれ以下)
R8 100Ω 音響用推奨 1/4〜1/8W
R9 10kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R11 510Ω 音響用推奨 1/4〜1/8W
R12 27kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R13 510Ω 音響用推奨 1/4〜1/8W
R14 27kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R17 3.3kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R18 3.3kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R19 22kΩ 音響用推奨 1/4〜1/8W
R21 100Ω 音響用推奨 1/4〜1/8W

オペアンプはJFETタイプ2回路入りが使えます。とりあえずOPA2134などのちょっといいオーディオ用として普通の特性をもった品種ならだいたい動くような想定はしています。ただし広帯域を狙ったものは負帰還安定性に注意が必要です。
アナログ部の抵抗はお好みで選んでもらえばだいたいよさそうです。ただしR4,R7に誤差の大きいものを入れると、それが出力オフセット電圧になって出てきてしまいます。
アイドリング電流はR12,R14で決まります。3kΩステップで減らすと終段バイアスを調整できます。
パワートランジスタが発熱するため、熱がこもる筐体の場合は電解コンデンサを105℃品にするなどの配慮が必要になるでしょう。

実機では入力カップリングコンデンサ(C8,C9)を装着せず短絡しています。入力機器が信用できればそれでもよいのですが、入力側のDCオフセットも20倍に増幅して出力する回路になっているので、ちゃんと真面目に装着しておくことをおすすめします。

電源

電源回路例(png)
(5/12 オペアンプ用電源の整流ダイオード、40Vの2GWJ42では耐圧が足りません。60V耐圧の11EQS06に変更しました)

24V2Aトランスの12Vタップを中点として整流平滑、±15V電源をつくり左右独立して与えます。
オペアンプには少し高い電圧をかけたいので、別系統で安定化した±17V電源を用意しました。
実機では菅野のSP-242を2個、豊澄のHTW-1802を1個使用しています。
大きなヒートシンクとOPA2604などの高耐圧オペアンプを使い、それぞれの電圧を上げて大出力を狙ってもよいと思います。

放熱

A級動作なので、大きな放熱板を必要とします。
トランジスタのコレクタ損失が最大になるのは無音時で、アイドリング電流と電源電圧の積になります。
トランジスタ1個につき1.2A×15Vで18Wとしましょうか。
適切な設計がされているヒートシンクにおいては、包絡体積(外形の縦×横×高さ)から熱抵抗を推定することができます。
TDKラムダ社のwebサイトにある資料
http://www.tdk-lambda.co.jp/products/sps/catalog/jp/pm_application_note.pdf
B-393ページのグラフがその助けになるでしょう。
もっと詳細な解説としては、アスナロネットさんの「工夫と製作 - 放熱板、放熱器(ヒートシンク)の放熱設計法」
http://as76.net/
http://as76.net/emv/hounetu.php
こちらがおすすめ。

ヒートシンクはヤフオクで調達しました。
丹青通商のオークションストア(kazumi_kikou) で、「放熱板(ヒートシンク) Tr・SCR付 200mm×115mm×28mm」として出品されているものをチャネル毎に1枚ずつ。TO-3トランジスタが2個、TO-66 トランジスタが2個ついていますが、外してしまいます。2SD319は2N3055相当として使えるのでちょっと惜しい気がしますけど、コンプリ相手とな るPNPトランジスタがないのでしかたありません。

200mm×115mm×28mmですので、グラフからだいたい1.5℃/Wと読みます。
18(W)×2(個)×1.5(℃/W)=54(℃)
室温から54℃上昇することがわかります。
室温40℃とすると、ヒートシンク温度は94℃ですか。

トランジスタの接合部温度を計算します。
接合部〜ケースの温度抵抗はデータシートより、0.7℃/W。
ケース〜(絶縁板とシリコングリス)〜ヒートシンク間で1℃/Wとして
合計1.7℃/Wと見立てましょうか。
1個ごとに、18(W)×1.7(℃/W)=31℃
すでにヒートシンクが94℃に達していますので、その分を上乗せして125℃が接合部温度になります。
とりあえず接合部温度の上限は2N3055データシートより200℃とわかっていますので、そこはクリアしています。
さらにデータシート掲載の電力軽減曲線の許容範囲に入っているか確認しましょう。
温度が高いときには大きな電力に耐えられないので割り引いて考えなさい、というグラフなのですが、問題ないですね。
ASO曲線も余裕で内側に入っています。


(実は2SD319を2個使って擬似コンプリ版を試作したことがあるのですが、発振がひどくてお蔵入りしました…)

ケース組み込み

ケースはタカチのMB-9を横向きにして、ヒートシンクを天板に固定するようにしました。信号経路の全ては天板で完結します。トランスなど電源関係は底板に取り付けました。
回路グラウンドとシャシーとは、入力端子直下で接続しています。
メイン基板からパワートランジスタへの配線は極力最短を心がけます。ベース配線のインダクタンスは発振の危険要因となるため、パワートランジスタの根元に10Ωの直列抵抗を挿入して抑止します。




ちょっとテスト

まずDCオフセット電圧の確認。
左が11mV、右が3mVとなりました。だいたい問題ないでしょう。
あとはアイドリング電流のチェック。0.22Ωの両端を測定して求めます。
27kΩ→24.9kΩ、510Ω→499Ωに変更していますが、1.13Aとなりました。

6.7Ωのダミーロードをつないで正弦波を入力したところ、9.2Vrms程度で目に見えるクリッピングが現れました。
出力約12Wというところでしょうか。いい感じです。

10kHz方形波を入力してみます。



(上:6.7Ω、中:6.7Ω+0.15uF、下:0.15uFのみ)
えらくおとなしいですな。心配いらないようです。

さて。試しに歪率を測ってみようと思い立ちました。
WaveSpectraのスクリーンショット(png)
(1kHz、6.7Ω、8.3W)
本機の測定に先立って、測定系自身の歪率を調べてみたときの値と殆ど変わりません。この歪はアンプのせいなのか測定系のせいなのか、判別できないレベルです。
手持ち機器では「十分低歪みだし、いいんじゃねえの?」というくらいにしか言えないことがわかりました。ちゃんとした測定は後日考えることにします。

鳴らしてみる

電源のON/OFFでポップ音がまったく出ません。いいことです。
心穏やかに聴いていられる、素直な音です。どこかの帯域がこもったり曇ったりということは特になさそうですし、変な突出も感じられないので、上から下まで自然につながっています。
低音がゆったりとしつつ密度の濃い感じです。今まで私の趣味で指向してきた硬質低音路線とは違うのですが、これはこれでアリなのではないかと思いました。
分析的な方向ではないですね。個人的に重要だと思う音像定位については、場が鳴っていて点で鳴る感じでないといいますか。音離れはよろしいです。
録音がよいとされているCDを聞くと非常に楽しいのですが、そうでないソースだとなんかもんにょりしてきます。穏健なようで意外に気難しいのかもしれません。
あとは激しく鳴らそうとすると押し出しが足りないので、苦手な曲がある感じ。電源はもうちょっと強靭にした方がよかったかな。

オペアンプをOPA2134からOPA2604に変えたらしっとりつやつやな音になって、もしこういう音が好きな人には強くおすすめしてもいいんじゃないかと思います。小音量でも雰囲気よく鳴るので、あまり大音量を出さずに常用するのにも向きます。

ちょっと使用中のスピーカーに不満が出てきたので、最終的な評価はもうちょっと先にしたいかな。


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